学歴ってなに

今、少女誘拐事件で、犯人の卒業証書剥奪を巡り議論を呼んでいる。

結論からして、卒業したのに後から剥奪されるのはやはりおかしいとしか言いようがない。学業に問題自体に問題があったならまだしも、学業には特に問題なかったみたいだから。

一方で、少女は二年間ほど学校を通っていないのに中学校の卒業証書をもらえるという。

なんとおかしいことか。

また海外の例を挙げるのは恐縮だが、外国(主に欧米)ではありえない話だ。

一般的に言われているのがある学力水準を満たしていないと、外国では進級できないのが一般的だ。

だから小学二年生の内容が理解できていないのに、小学三年生に上がることは不可能なのだ。

小学二年生の内容が理解できていないのであれば小学3年生に上がるべきでないのに、ましてや小学校丸々不登校の人間が小学校を卒業することはできないはずである。にもかかわらず日本は卒業できるのが当たり前の仕組みになっている。人権云々よりも本人のために果たしてなっているか考えるべきであろう。

もちろん、学校の代わりとなるスクール?に通っているようであればそれ相応の対応があってもいいとは思う。


なにはともあれ、日本は学歴などの形にとらわれすぎているような気がして、肝心の中身がないがしろにされているような気がする。


MBA保持者にしても、実際に会社経営でうまくやれさえすればいいことで、MBAを持っているだけでは本来であれば何にも価値がないはずである。最近有名キャスターが逮捕され、一部では彼の人柄が評価されているようだが、視聴者側は果たしてテレビキャスターに”MBA保持者”を求めていたのかといわれれば、きっと答えは”NO”であろう。テレビは画面と音が情報源で、ブスよりはイケメンがもてはやされるのは至極当然のことといえるし、テレビに対して小難しいことを求めている人はむしろ少数派なんじゃないかと思う。本当に勉強したい人はネットや本で専門書を読んでいけばいいし、一人の人間の書物だけ読んでいる人は皆無に等しいといえる。

 

以前にも小保方さんが早稲田の博士号を剥奪され、これは理研によりSTAP細胞が存在しないことを証明されてことによるものだと予測できるが、そもそも早稲田の博士号を授与する前にSTAP細胞の調査はなされていなかったのだろうか。

 

また、以前現役早稲田のAV女優が退学処分されたのを受けて、これは当時思ったのが当然だよな、ということだが、今回の誘拐事件はバレずに卒業できちゃったわけで、今回卒業証書が剥奪されなければ逃げ得感があるような気がする。

 

このような一連の報道の中で、勉強(学問?)と人間性はまた別のような気がするし、日本は学歴のために勉強していることは少なからずあると思う。

 

もっと、日本人は自分の頭で考え、自分のものさしで物事を判断できるようになればいいと思う。